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宮大工棟梁・西岡常一『口伝』の重み

あんま口伝
 昔は、大工も職人も休みは一日と十五日だけだった。その休みの日には、私は母の農作業を手伝った。父は忙しくて田畑を診る余裕はなく、ふだんは母がやっていたのだが、母一人に力仕事をまかせてはと、休みの日には堆肥もつくり、田にも出た。考えてみると、私に休みはなかったのだ。
 そうして、夜、家に帰ると、あんまが待っていた。じいさんの体をもむのである。
 それも、ウトウトしてきて、「もうええ」というまで続く。途中で私の方から「もうおいときましょうか」とはいいにくい。
 私にもまれながら、じいさんはいろんな話をする。
「木というものは、土の性によって、質が決まる。山のどこに生えているかで、癖が生まれる。峠の木か、谷の木か。一目見てわかるようにならなあかん」「どこそこの瓦は土が上等や」などと云った話から、大工さん達の評価をする。この人はカンナがうまいとか、あの人はノミが上手だ等々。屋根葺き、左官など職人さんにも話は及ぶ。いいかげんな寝物語ではなかった。あんまは私が二十歳ごろまで続いた。
 自分の知っていることを、すべて私に吐き出しておきたかったのだろう。
 あんまのときだけではないが、とにかくさまざまなしつけをされた。歩くときは「小股で忙しく歩け」ともいわれた。大股でのんびりしていてはいけない。小股で、いつも気が張りつめた動きをしていなければいい大工ではない、という。
 すべて私を一人前の棟梁にするための伝授だったのだが、あとで帳面に記録したりしてはいけない。聞き覚えである。だいたい、じいさんは本を読むことを非常にきらった。ものを書くのも好きではない。碁も将棋もしない。酒も飲まない。ラジオもあまり聞いていなかった。朝早く起きて、太陽を拝み、仕事に出て行く。。。
 
最近この西岡常一棟梁に魅せられている。代々法隆寺の宮大工をしてきた家柄で、法隆寺の修理や修復工事は勿論、有名なところでは薬師寺の西塔や金堂、薬師寺伽藍を再建した棟梁である。
木や木造建築、寺院建築に興味のある方は、是非お勧めである。
 ワシにも職人の血が少しは流れているのか、師匠の手指の感触を想い出しながら、毎晩わくわくして読んでいる。ゾクゾクとアマゾンから本が届いているので、またご紹介する。
 
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